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浦和地方裁判所 昭和43年(行ウ)6号 判決 1969年11月27日

原告 小林文造 外一一二二名

被告 埼玉県建築審査会

主文

被告が昭和四三年一一月二九日付で原告らに対してなした原告らの審査請求を却下した裁決は、これを取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、申立

原告ら 主文同旨の判決

被告  原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、主張

一、原告らの請求原因

(一)、原告らは、いずれも埼玉県大宮市北袋町に住所又は事業所を有し、居住又は勤務しているものである。

(二)、訴外三菱原子力工業株式会社は、人口密集地である右北袋町一丁目地内に、原告らとの契約に違反し、原子炉(臨界実験装置をも含んだ意味で使用する)の設置を企て、原子炉収容建物の建築確認申請を昭和四三年七月一八日埼玉県建築主事に対してなし、同主事は、同年九月七日右申請に対する確認処分をした。

(三)、原告らは、右確認処分が違法であることを理由として、同年一一月五日、被告に対し、確認の取消し、工事中止、着工部分の除去等を求めて審査請求を申立て、同日受理されたが、同月二九日付で、被告は、請求人らは本件確認について審査請求はできないと解すべきであるとして、これを却下する旨の裁決をした。

(四)、しかしながら、右裁決は、建築基準法(以下「基準法」という。)九四条三項所定のあらかじめ公開による口頭審査の手続を経ないでなされた違法な裁決である。

よつて右裁決の取消しを求める。

二、被告の答弁

(一)、請求原因に対する認否

原告らが大宮市北袋町に住所又は事務所を有し、居住又は勤務しているものであること及び請求原因(二)の契約の存在は不知、その余の請求原因はすべて認める。

ただし、本件裁決が違法であることは争う。

(二)、主張

1、原告らの審査請求の理由は、別紙記載のとおりであるが、いずれも基準法による建築主事のする確認とは関連性がない。

すなわち同法六条一項の建築主事の確認行為は、建築物の計画が当該建築物の敷地、構造および建築設備に関する法律ならびにこれに基く命令、条例の定める「技術的に具体的な制限基準」に適合しているかどうかを裁量を加えないで客観的に確定する行為であつて、その結果同法六条五項の禁止条項を解除する効果をもつのみで、一種の準法律行為的行政行為である。従つて、これら法令に「技術的に具体的な制限基準」の存する場合に、始めて右基準に対する適合の有無を確定することができるのであり、当該法令に「技術的に具体的な制限基準」の定めのない場合は、右法令に対する適合の有無を確定することはできないから、そのような法令は同法六条一項の法令にはあたらないと言わざるを得ないところ、

(1) 審査請求の理由の1は行政庁の関与すべき問題ではなく、必要があれば民事上の問題として訴求すべきものであり、また「原子炉を設置しない」旨の契約は、同法六条一項に言う法令にはあたらず、いずれの点よりするも建築主事が確認するに際し考慮すべき事項とはなり得ない。

(2) 審査請求の理由2、3はいずれも原子炉の安全性との関連における立地条件、または危険性との関連における排水、消火施設等の危険性をもつぱら言うもので、当該建築物の計画が、基準法に定める基準に違反していると主張しているものではない。

原子炉の安全性、危険性の判断は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「規制法」という。)よつて規制されるべきであり、基準法によつて確認ないし、審査されるべきではない。

仮りに、原告らの審査請求の理由とするところが、原子炉の安全性または危険性のみを言うものではなく、本件確認にかかる建築物を原子炉を含む原子力施設として、その安全性、危険性をいうものだとしても、原子炉施設につき、規制法が制定されたのは、原子炉施設という重大な危険物体については、特に専門知識を有する原子力委員会に諮つて、その安全性を確保することを目的としたもので、この目的からしても専門知識を有しない建築主事の確認し得べき事項でないことは明白であり、原子炉施設のもたらす危険性またはその安全性について基準法六条を解釈、適用することは法の趣旨に反するものである。仮りにそうでないとしても、原子炉施設の立地条件に関しては、原子炉設置の許可基準を定めた規制法二四条一項四号によれば、その許可基準は、「原子炉施設の位置、構造および設備が核燃料物質、核燃料物質によつて汚染された物または原子炉による災害の防止上支障がないものであること」とあり、同法第四章に基く総理府令、原子炉の設置、運転等に関する規則一条の二、二号には、設置許可申請書の記載事項として、原子炉施設の位置につき敷地の面積、形状、敷地等を記載すべき旨定められているだけで、特に付近住宅からどの程度の距離をおいて設置すべきであるというような定めはなく、結局規制法およびこれに基く命令、規則には建築物(原告らのいう原子炉を含む原子力施設)の立地条件に関し、何ら「技術的に具体的な制限基準」が定められていず、又原子炉施設の排水、消火施設についても、消火については特に明定された法令はなく、排水については、原子炉の設置、運転等に関する規則一条の二によれば、その構造、廃棄物の処理能力、排水口の位置を設置許可申請書に記載することを定めているだけで、具体的な定めはなく、従つて建築物に関し、「技術的に具体的な制限基準」はないと言うべく、結局、規制法ならびにこれに基く命令規則には原子炉を含む原子力施設の立地条件、あるいは消火、排水施設等についての「技術的に具体的な制限基準」の定めはなく、これらの法令はいずれも基準法六条一項所定の法令には含まれず、従つて建築物の計画の確認に際し、考慮する必要はないものというべきである。

(3) 審査請求の理由4、5はいずれも基準法において規制すべき問題ではなく、同法一条は、建築関係法令に定められた範囲内で公共の福祉の増進に資することを定めたもので、規制法およびその関係法令は、右に述べたとおり、基準法六条一項所定の法令には含まれず、かつ規制法は、基準法一条に基いて定められたものではないから、原告らの主張する公共の福祉の点は同条に基いて考慮すべき事項ではない。

(4) 原告ら審査請求の理由結論部分に述べられていることは、結局原子炉の危険性を論じ、かかる危険な原子炉を収容する建物の敷地、構造又は建築設備は、保安上危険で、かつ衛生上有害であるというものであり、基準法に基いて建物自体の敷地、構造または建築設備の危険性をのべているものではない。

原子炉の危険性については、前述のとおり規制法によつて規制すべきであり、かつまた同法は、基準法六条一項所定の法令には含まれないのであるから建築主事は、建築物の計画の確認に際し、考慮する必要のないものである。

基準法が同法によつて保持しようとする保安、衛生は、建築確認にかかる建築物自体によつてもたらされる居住者ないし、その利用者一般の保安上の危険、衛生上の有害をさけるという意味における保安、衛生を指すもので、建物の被収容物たる原子炉等危険物の危険性よりする保安、衛生を意味するものではない。

以上のとおりであつて、原告らの審査請求の理由は、いずれも基準法六条による確認の対象とはなり得ない事項をもつて理由としており、基準法による建築主事の確認とは関連性がなく、その理由のないことは一見して明白である。

2、ところで、基準法九四条三項は、すべての裁決においてあらかじめ公開による口頭審査を要求しているものと解する必要はなく、不適法な審査請求においては右手続を経ないで却下の裁決をしても違法ではないというべく、本件審査請求のごとく、その理由のないことが一見して、明白であり、基準法上の事項以外の事項をもつて審査請求の理由とし、補正命令の余地もない場合は、同法九四条三項の手続を経ないで却下の裁決をしても違法ではない。

3、仮に右主張が理由がないとしても、原告らは、本件確認にかかる建物の確認処分自体の取消しを請求していないから、被告のなした本件裁決が取り消されるに過ぎず、従つて再び確認処分につき審査して、あらかじめ公開による口頭審査を経ても、原告らの審査請求の理由の現状をもつてしては棄却又は却下の裁決に至ることは言をまたず、結局あらかじめ公開による口頭審査を経て再び審査しても、同じ結論に達するものである以上、原告らの本訴請求は訴の利益を欠くものである。

三、右被告の主張に対する原告の答弁

(一)1、本件建築主事の確認にかかる建築物については規制法の適用があり、同法には「技術的に具体的な制限基準」が空白とはなつていても、原子炉を含む原子力施設の立地条件と安全性について、基準法一条に掲げる立法目的に鑑みれば、建築主事がかかる建築確認行為を逸脱ないし回避できるとする合理的根拠は全くなく、被告の主張に従えば、原子炉を含む原子力施設については、規制法による規制で必要かつ充分とするのであるが、それでは建築確認処分が何のために行われるのか著しく不合理といわざるを得ない。基準法は、建築主事の確認行為が行われる場合、当該事例において、「技術的に具体的な制限基準」のない場合でも、当該施設の安全性如何につき同法一条の立法目的にてらし、同法六条の解釈、運用をはかることを当然の趣旨としている。

2、基準法三条は、一定の範域のものについて適用除外規定を設けているが、原子炉を含む原子力施設にはかかる明文上の根拠がない。このことは原子炉を含む原子力施設が重畳的に基準法及び規制法の適用を受けることを意味するものである。

3、基準法九条、一〇条、一一条の事後救済の保障措置との関連において、確認行為の範囲を合目的に考慮するときは、原子炉を含む原子力施設から生ずることあるべき危険性、これをさけるための安全性の見地において、建築確認の適否を当初の段階で行うことは基準法上認容されるべきである。

4、基準法一条が「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする」と定めている趣旨からすれば、原告らが審査請求の理由4、5でのべている点も確認に際し十分に慎重判断されるべきである。

(二)、被告は、審査請求を受理したことは争わないところ、「受理」とは、当該処分にかかる不服申立の手続行為に瑕疵が存せず、適法であることを是認する行為をいい、この意味で「受理」とは、形式的審査行為であり、公開による口頭審理を経ての実体的判断である裁決の前段階行為である。また手続行為に瑕疵があれば補正を命じたうえで適法に受理すべきで、従つていやしくも「受理」した以上は裁決の前置手続としての公開による口頭審査をかならず開かねばならないと解すべきである。

(三)、公開による口頭審査においては、いかなる資料、証拠が申立人から提出されるか予測できないはずで、これを考慮に入れることなく審査裁決することはできないから原告らには訴の利益があることは明かである。

第三、証拠<省略>

理由

第一、訴外三菱原子力工業株式会社が、埼玉県大宮市北袋町一丁目地内に原子炉の設置を企図し昭和四三年七月一八日臨界実験装置の収容建物の建築確認申請を埼玉県建築主事に対してなし、同主事が同年九月七日右申請に対する確認処分をなしたこと、原告らが同年一一月五日被告に対し、右確認処分の取消し等を求めて審査請求を申立て、同申立は、同日受理されたが、同月二九日付で、被告は、原告らは右確認処分について審査請求はできないとして、これを却下する旨の裁決をしたこと並びに同裁決にあたり被告が基準法九四条三項のあらかじめ公開による口頭審査をなさなかつたことは当事者間に争いがなく、原告らが前記北袋町内に住所又は事業所を有し、居住又は勤務しているものであることは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

第二、そこで、原告らの審査請求を却下した右裁決が違法であるかどうかについて判断する。

基準法九四条二項は、建築主事の処分に対し、建築審査会に審査請求の申立があつて、建築審査会がこれを受理したときは、受理の日から一箇月以内に裁決をしなければならないとし、同条三項は、右の裁決を行う場合においては、あらかじめ審査請求人、建築主事、その他の利害関係人、又はこれらの者の代理人の出頭を求めて、公開による口頭審査を行なわなければならないとして審査請求の申立を受理し裁決をする場合には右の公開による口頭審査が必要である旨定めている。

右規定よりすれば、建築審査会が審査請求の申立を受理した以上、あらかじめ公開による口頭審査の手続をしたうえでなければ裁決をなすことができないと一応解されるから、本件裁決において、被告が原告らの審査請求の申立を受理したにもかかわらず、右の手続をしないで、原告らの審査請求の申立を却下したことは法の要求する手続違背として一応違法であるということができる。

しかしながら、被告は、この点について、基準法九四条三項の規定は、すべての裁決において、あらかじめ公開による口頭審査を要求したものと解する必要はなく、不適法な審査請求においては右の手続をしないで却下の裁決をしても違法ではないと解すべきところ、原告らの審査請求の申立は、その理由のないことが一見して明白で補正命令の余地もなく、このような場合もまた不適法として、基準法九四条三項の手続を排して却下の裁決をしても違法ではない旨主張するので、以下被告の主張するところに従い判断する。

一、基準法九四条三項の規定によれば、前記のごとく、裁決をなす場合の審査手続として、行政不服審査法が書面による手続を原則としているのに対し、公開の口頭審査による旨定め、いわば民事訴訟における必要的口頭弁論方式にも比すべき厳格な定めをしている。

このように厳格な審理手続を基準法が要求しているのは、審査請求の理由の有無の判断にあたつて、その審査裁決の適正並びに当事者の権利利益の保護を期する趣旨と解されるから、審査請求の理由の有無に立ち入るまでもなく、それが不適法とされる場合にまであえて右のごとき厳格な手続を踏むことを要求しているとは解せられない。特に行政上の争訟については、その迅速性が要求されていること(基準法九四条二項によれば受理後一箇月以内に裁決しなければならない。)を考慮すれば、不適法な場合にまでかかる厳格な審理手続をなす必要性のないことは明かである。

ところで、行政庁の受理行為とは、当該受理の対象となる行為を有効な行為として受領する行政行為であるとされ、その意味では、被告が原告らの審査請求を受理した以上(本件において受理行為のあつたことは、前記のように、当事者間に争いがない)公開による口頭審査を経て所定期間内に裁決をしなければならない義務を負うに至つたものと解さねばならないが、受理後といえども、審査請求が不適法であることが判明したにもかかわらず、右口頭審査手続を行わねばならないとするのは無益な手続を重ねるに等しく、従つてかような場合には被告に基準法九四条三項の手続をなすべき義務まで負担させるものではないと思料される。

従つて、審査請求が不適法な場合には、受理の前後を問わず基準法九四条三項の手続をせず却下の裁決をしても違法ではないといわねばならない。

従つて以上の限度において被告の主張は理由がある。

二、そこで更に進んで原告らの審査請求の申立が不適法か否かにつき判断する。被告は、原告らの審査請求の申立の理由のないことが一見して明白で補正命令の余地もないから不適法であると主張し、原告らの審査請求の理由が右にいう一見明白で補正命令の余地がない場合にあたる論拠として、原告らの審査請求書(成立に争いない乙一号証)に申立の理由として記載されている内容が基準法上の事項以外の事項を審査請求の理由としていることをあげている。

しかしながら、審査請求が不適法とされるのは、審査請求の理由の有無の判断に必要な要件を欠いている場合で、不適法か否かの判断もかかる要件の存否に限られ理由の有無の判断にまでは及ばないものというべく(行政不服審査法四〇条一、二項)、従つて理由のないことをもつて不適法となすことはできず、また基準法九四条三項が公開による口頭審査の制度を設けた趣旨において前説示のとおりである以上恰かも民事訴訟における必要的口頭弁論にも比すべく、審査請求をなす者は、口頭審査にあたつては、新たな理由を陳述することもでき、理由の追加・変更もでき、又これに相対応して審査庁には審査請求の理由について釈明する等の義務が存するものと解され、たとえ審査請求の理由とするところが、審査請求書の記載内容だけでは理由がないとみられる場合であつても、審査庁は、すべからく右の手続をなしたうえで審査請求人をして新たな主張をさせ、理由を追加・変更する場合には、追加・変更させ不明なところは釈明するなどして審査請求の申立をするところを明らかにし、必要があれば事実についても取調べをなし、その結果理由なしとの結論に達つすればその旨の裁決をなすべきで、従つて理由の有無の判断にあたつては基準法九四条三項の手続をなすことが不可欠であると解される。

仮に、被告の主張するように、原告らの審査請求書の申立の理由として記載されている内容が、基準法所定の事項に関連性を有しない事項をもつてその理由とし、またこれが一見して明白に理由がない場合にあたるとしても(なお附言すれば、原告らが審査請求の主たる理由としてかかげているのは、前記乙一号証の記載から明らかに認められるように、本件確認にかかる建築物が原子炉を含む原子力施設として基準法の規制に服すべきであるということであり、この点について、被告は、その規制に服さないことを極めて詳細に主張しているが、その主張にもみられるとおり、被告が右結論を導き出すためには規制法あるいはその関係法令など特殊な法令の各規定と基準法の規定の対比をなし更に法律解釈をなしたうえで始めてなし得ることで、かかる複雑な論証過程を経て始めてその結論が導き出されるものが果して被告のいうように一見して明白に理由がないといえるか疑しいというべきである。)、右に述べたように、審査手続の経過によつては、いかなる新主張、理由の追加・変更があるやも知れず、また釈明により当初理由がないとみえた事項が理由ありとされる場合もあり、それらのことは、審査請求を受理した段階では予測することができず、結局原告らの審査請求の申立が基準法上理由があるかないかということは、基準法九四条三項の審査手続に従つて審理を尽して始めていい得ることである。

これを本件裁決についてみると、被告は、原告らの審査請求書に申立の理由として記載されている事項のみをとらえて原告らの審査請求を基準法九四条三項の手続によらないで不適法として却下したことが明らかであるから、右被告の行為は、たとえ、右の手続をなした結果原告らの審査請求が認められないことが予想される場合であつたとしても、公開による口頭審査手続に違背したものとして許されないものといわざるを得ない。

また、被告は、原告らの審査請求の申立の理由は、補正命令の余地がないと主張するが、前説示するところと同様の理由により、右主張は、理由がない。

なお被告は、仮に本訴請求が認容されたとしても、原告らは本件建物にかかる確認処分それ自体の取消を請求していないから被告のなした本件裁決が取り消されるにすぎず、再び右確認処分について審査して基準法九四条三項の手続を経ても本件審査請求の理由の現状をもつてしては棄却又は却下の裁決に至ることは言をまたず、結局原告らの本訴請求は、訴の利益がないと主張するが、右に述べたごとく、原告らの審査請求の理由の有無は、基準法九四条三項の手続を経て始めて判断されることで、被告の主張する原告らの審査請求の理由の現状がいかなるものであるかも結局右の手続をなしたうえで判断されるべきものである。従つて原告らは、右の手続に従つて裁決を受ける利益を有するもので、本件裁決を取り消す利益があり、被告の右主張は理由がない。

第三  、以上の次第であつて、被告の主張するところは結局理由がなく、本件裁決には基準法九四条三項所定の公開による口頭審査の手続をなさなかつた違法があり、右違法は、本件裁決を取り消すべき十分な理由と認められる。よつて、原告らの本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 須賀健次郎 松沢二郎 小田泰機)

(別紙)

原告らの審査請求の理由

一、住民との約束違反

三菱原子力工業株式会社は(以下三菱と称す)かねてから「大宮には原子炉は設置しない。核燃料の再処理はしない」ということを私共地元住民に確約しており(昭和三四年)従つて我々地元住民はその言葉を信じていたのであります。また三菱は「地元の皆さんの承諾がなければ設置しません(昭和四一年一〇月二八日)とも言明していたのであります。従つて三菱の原子炉(臨界実験装置)設置申請は二重に約束違反を犯してなされた不当、違法な行為であります。第一に大宮に原子炉は設置しないという点において、第二に地元(北袋町)の住民の圧倒的多数の者が反対している事実のいずれにも反しているのであります。地元住民は何故三菱と以上のような約束をしたかといえば、私達は三菱原子力研究所が北袋町に設置されることを知り、放射能等の危険性について当然のことながら非常に危惧の念を抱き、種々三菱側と折衝、交渉の上、右二点の確約を得ていたのであります。このことは、仮に三菱に原力炉設置の権利がありとした場合でも、すでにその権利行使をしないことを明示しているのでありますから、権利放棄の約定或いは権利放棄を行なつたものと言うべきであります。

従つて、三菱側の設置申請行為は多年に亘る住民の反対意思を無視し、かつ約束を反故にした行為であり、原子力基本法第一条の民主の精神にも多分に反するものであります。

かかる前提と経過を無視してなされた申請が許可されることは到底許されるべきものではないと考えます。

二、立地条件と安全性

原子力施設を設置する場合何よりも重要なことは、その安全性であるはずです。その安全性の見地から最も重要な点として考えねばならないことは立地条件であることは疑いを容れる余地がありません。即ち万々一の事故の場合でも、住民に影響を与える如き場所は絶対に避けるべきであります。ところが三菱の今回の設置場所は一番近い人家までわずか六五mのところにあり、東側は産業道路、西側は旧仲仙道と有数な交通の激しい道路に面する敷地内であり、かつ住宅、工場等の多数密集地帯で、しかも旧仲仙道をはさみ西側はこれまた日本でも指折りの大宮操車場構内となつているのであります。そして右設置場所の半径一km以内では一九、〇〇〇人、同五km以内では大宮市は勿論、浦和、与野の県南主要都市を包含する程の地域中心であります。そしてこの地域はますます住宅工場等が増加密集の度を加えつつあり、一〇〇万都市の建設も間近いとさえ言われているのであります。かかる観点によりすれば、当然この様な場所に設置すべきでないことは常識に属することです。アメリカをはじめこの様な場所に設置する例は世界的にも類をみません。

現に去る一〇月二六日の新聞報道によると、日本原子力船開発事業団の内古閑寅太郎専務理事すら「三菱原子力工業は東海村にも広い用地をもつている。むしろ東海村に建設地を移したほうが賢明なのではないか」と述べているほどであります。それ故にこそ第一項の如き約束が三菱と私達の間に出来たのです。

三、原子炉の危険性

平常時でも放射線は周辺地域に放射されるのであり、これが人体に悪影響を与えることは公知の事実であります。たとえその被曝線量が少ないからといつて、多年に亘る蓄積を考えると到底安全だなどと言い得ないはずであり、子孫の代まで考えれば、その被曝線量の累積はますます多くなつていくこと必然であり、またその事故時の危険性、爆発の危険性は考えるまでもないのです。放射線はどんなに微量でも害があると考えてこそ、正しい立地条件の選定や、原子炉設置場所を決定出来るのであり、これなら大丈夫だ等という考え方は、本来原子力の安全性の考え方とはなり得ないはずであります。更に三菱側は装置の目的を達するには一Wで充分と言明していたにも拘らず、二〇〇Wを申請していることを原子力安全審査会の会長向坊教授の「臨海実験にはパワーはいらない」と地元代表に言明されていたことと照らし合わせると多大の疑義があるのであります。その他排水、消火施設等々の危険性を考える上での多くの問題があります。また臨界実験装置は、その目的の多様性、性質上危険性がむしろ極めて大きいのであります。放射能に限つても現在未だ本原子炉が設置される前の段階においてすら、早大藤本教授の測定によつて、本件施設のおかれる三菱の敷地からの流出は、他の地域に比して約五倍の放射能が検出されているのであります。その意味するところは極めて重大なのであります。

四、企業採算と住民の利益

三菱が本件土地に原子炉を設置する考えを抱いたのは、何よりも、他に設置するのは企業採算上つり合いがとれないからということであります。これは住民の利益を無視した考えであること一見して明らかであります。一体、一企業の採算から住民が放射線を被曝しなければならないということ程、道理のない話はありません。住民の側から言うなら、このような放射線を被曝されるのを受認する義務は勿論ありませんし、三菱は企業採算上、そのような被曝を住民に容認させるべき権利は本来的にないはずです。

最近各地各所で大工場等の進出による産業公害が問題となつていますが、原子力災害(公害)こそ重大な結果を長期に亘り生ぜしめる現代における最も危険な公害となることは疑いをいれません。

五、我々は多少を問わず、かかる人為的な放射線を被曝することを拒絶しますし、また拒絶する権利をもつています。それは何よりもこの危険性が重大な生活侵害となるからであります。

本件審査の対象たる建築物は通常人が単に居住するといつた目的のものではありません。この建築物はその中に収容される原子炉と附加一体となり原子力施設を構成するものであります。従つて本件建物の具有する性質は一にかかつて被収容施設である原子炉の性質、安全性、立地条件等々に密接に関連すること勿論であります。就中、立地条件と安全性との関係は前述のとおり極めて重要なことであり、その施設敷地の選定は当然慎重の上にも慎重になさるべきであります。そしてこの建築物の敷地は当然今回の建築確認の際の対象として十二分に考慮さるべきところ、以上縷々主張したところよりすれば、今回の県知事(主事)の確認処分は法の規定に違反する違法、不当なものであります。

本件建築物の敷地、構造、又は設備は以上に指摘したとおり極めて保安上も危険かつ衛生上も有害である施設であります。従つて、建築基準法上違法の点がないから認可したとの見解は全くあたりません。

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